ばんびの小屋

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瞑想日記 2007.8.6(mon)

朝 7:40~25分 ハートマントラ 戻り5分昨日できなかった分として。
雑念だらけ。

昼 13:05~55分 ハートマントラ 戻り15分
雑念もほとんどなく、寝入ってしまったようだ。

※昨日・今日の気づき
何故、母親は「大企業・大企業」というのか?
私の前職も中小、ダンナの今の会社は小さい企業だが、人間生活の底辺を支える仕事。最初は両家の親からあまり良い顔をされなかった。しかし職業に貴賤なしと思っているし、彼の会社のような職種がなければ人間の生活が立ち行かなくなる。私は彼の仕事に誇りを持っている。親は将来性がないのでは、とか、給料が安いじゃないかと文句を言う。しかし、友人にいわゆる「大企業」といわれる会社に勤めている人が何人かいるが、みな驚くほど給料は安いし残業もとても長く、身も心もボロボロになっている。
昔とは「大企業」の実態が違うのではないか?
今は「大企業」だからといって給料もよくて将来が約束されていると言うわけではないのだ。その点、だんなの会社はほとんど残業がなくてその分家族とのふれあいの時間も充分取れているし、社会保障もしっかりしているので家族としてもありがたい。ストレスがまるでなく、毎日楽しそうだ。
給料より心身の健康の方がよっぽど大切なのだ。
自分が鬱病を患ったことがあるからわかるが、鬱になってしまったら、回復するのに(個人差はあるが)とても時間がかかる。鬱病になってまで企業にしがみついている意味はない。その後の数年の人生を棒に振ってしまうだけだ。
思うに、母は子供時代にお金ですごく苦労をしてきたのではなかろうか?(母の父がくせのある職人だったらしいので)そして母親世代の価値観と、その頃の古き良き時代の「大企業」というものの素晴らしさを、そのまま子供に押し付けているように思えてならない。これも子供、孫を愛するがゆえだろう。(母はお金がすべての人では全然ないが、貧乏だったコンプレックスや苦労が反映された愛の表現になっているのでは。)
今のご時世、「大企業」に勤めてさえいれば死ぬまで安泰というわけではないのだ。そんなことよりも、いかにストレスなく人生を楽しく送れるかの方がよっぽど重要だと思う。(もちろん家族をきちんと養うという責任を果たしながら)

夜 0:40~1:10 30分間 ハートマントラ 戻り10分 半身浴にて くしゃみ
なんだかとてもイライラ。いつもの爆発ほどではないがこのところ日常でずっとイライラしている。最近は頻繁に何もかもどうでもよくなって人生が嫌だと感じる。それだけ私の心はゴミだらけなんだろう。このゴミが早くきれいに掃除されるようにと、気分に関係なく淡々と瞑想を続けている。ゴミがどんどん出ていってきれいになればだんだん気持ちも軽く明るく楽しくなれるだろうと信じて。
今回は瞑想をはじめてからもしばらくイライラそわそわ。そのうち落ちそうになったところで何回か外の音がうるさくてとても頭にきた。瞑想の邪魔をしないでよ!その後は舟こぎ。瞑想中でもイライラしていたから戻りはいつもよりゆっくり帰ってきた。
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by bambi-boo | 2007-08-24 20:49 | スピリチュアルなこと