ばんびの小屋

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鏡の法則

以前、瞑想を始めて気が付いたことがありました。

私は趣味が多いのですが、最近ほとんど気力がなくてできていませんでした。やりたくて、その趣味を楽しんでいるイメージを想像するととても楽しいのですが、いざ取り掛かろうとするとなぜかブレーキがかかってできない。
しかも、創造を伴う趣味(洋裁・編み物・ガラス細工、趣味ではないが料理もとても苦痛)が全くできないことに気づきました。ナゼなのか、全然分からなくて本当にしばらく悩んでいました。

そんな時、みのりさんのメルマガを読んでいて目からうろこの記事を見つけました。(2011.06.25追記:リンクが変わっている可能性があります。もとは「男と女編 その4?だったかと思います。」)
もしかして、私が今趣味をやりたいと思っても心にロックが掛かってしまうのは、こんな理由だったのかしら?と、すごいショックを受けました。

思えば、両親、特に父親は割りと「禁止」を口にすることが多かったなぁ…

でもだからといって親を責める気は毛頭ありません。親だってその親、もっと上の代から受け継がれてきたものかもしれないし…

で、ちょうどハートマントラのメール講座の最終回をいただいていて、それに対する返信としてこの気付きを書いてみました。
ちょうどそのときはイライラしていたので、いままでの不満とかぶちまけてちょっとグチっぽくなっちゃったのですが^^;

そのとき頂いたアドバイスは、なぜ両親がそのような態度に出るに至ったかということを考えてみたらどうか?そして、鏡の法則という本を読んで実践してみるといいですよ、といった内容でした。

親が禁止する理由は、愛するがゆえの「転ばぬ先の杖」。そして数日後気づいたのは、親にも子育てに対する不安・恐れ・自信のなさがあったのだろうという推測。

前者は説明不要だと思いますが、後者については、子供にとって悪いこと(危害が及ぶなど)、または子供がしたことで周りに迷惑をかけるなどのことが起きたとき、責任をとりたくない、または責任をとれないのではないかとの恐れ、不安、自信のなさが根底にあるから先に問題の芽をつんでおく(禁止を口にする)のではないかということ。(これは今の親としての私にもそのままあてはまります)

まずこれに気づいた上で、鏡の法則のことを思い出し、本は買ってないけれど少し調べたら実話を基にしたストーリーがありました。ほとんどの父親と娘の関係にあてはまるのではないかしら?(涙なしでは読めませんでしたTT)
その話は鏡の法則のごく一部なのだろうと思いましたが、あまりにも私が今背負っている罪悪感にぴったりだったので、これをまねしてみました。(まねする前に、本当の自分の気持ちに気づいていました。)

母親と妹がいる前で、どうしても昨日伝えなきゃいけないような気がして、大人になってから長年心を開けなかった父親に改めて気持ちを伝えました。
それは「感謝」と「謝罪」の気持ち。

まず、「感謝」の部分は…家族のために一生懸命働いて育ててくれたこと。休日は家族サービスをたくさんしてくれて楽しい思い出が多いこと。…など。

「謝罪」の部分は大学生くらいから父に対して反抗的な態度をとってきたこと。なぜなのか。理由は、私の根底にあった「信頼されていない絶望感」。父は子供のためを思って精一杯優しく接してきてくれたと思うし、それなのになぜ反発するのか訳が分からなかったことと思います。

しかし、私が成長してきてからも幼児に対するような世話の焼き方が変わらず、私はそれに対してすごく反発したのです。精神的自立を妨げるというか…分かっていることを一から十まで言われること=信頼されてない=度が過ぎたおせっかい→父がひどく疎ましいという図です。

父はなぜこんなに私がつらい態度をとってきたのか、昨日伝える前まで全く分からなかったといいます。そして、分からないまま深く考えようとしてないのが私にもよく分かっていた。しかしそれが父の不器用さ…そんなところも嫌いだった。など、ありのまま話しました。

でも、私の本音を嘘偽り無く伝えることができました。そのために昨日実家に泊まるというチャンスをもらえたのかなと思います。長年の胸のつかえがだいぶとれたし、母と妹にも証人になってもらえて、本当によかった。

勇気が無くてできなかったことができたし、これから周りの事象がどう変わってくるか楽しみです。
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by bambi-boo | 2007-08-19 21:21 | こころ